こんばんは。
今日の東京は一日晴れてとても暖かった~。
世田谷の桜も7,8分咲きくらいになっているので、今週末はお花見日和ですね!雨とミサイルが心配ですが…
今日は自分が今までどのように農業とかかわってきたのか書こうと思います。
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実家はじいちゃんの代まではリンゴ園を営む専業農家でした。秋になると収穫したリンゴが家の座敷に山積みになって、家中リンゴの香りが漂っていました。
リンゴ以外に桃やブドウ、米や野菜も作っていましたが、特に力を入れていたのはカーネーションでした。一般的にカーネーションが良く売れる母の日をターゲットにするのではなく、市場にあまり出回らない年末・年始を中心に出荷していました。とても寒い長野の冬にビニールハウスでストーブを焚いて作っていました。そうとう苦労したんだと思います。
そんな感じで子供の時にはちょくちょく畑や田んぼの手伝い(というか、周りで遊ぶのがメインでしたが…)に行っていました。小学校まではかなり農業と密接な生活だったと思います。
僕が小学校高学年の時に、じいちゃんがトラクターから落ちて足を骨折し寝たきりになりました。おやじは会社員だったし、他に継ぐ人もいなかったので、それを機にリンゴ園・カーネーションは廃業となりました。
それでもしばらくは稲作など続けていましたが、徐々に規模は縮小して、現在は両親が自分たちで食べる野菜を作っているくらいです。
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なので現在の実家は農家ではありません。それでも農業を始めようと思ったのは、こんな子供時代の記憶があったからだと思います。そして周りの人たちが協力してくれることも後押しとなっています。
おそらくこれから色々苦労することになると思いますが、みなさんオラにちょっとづつパワーを分けてください!
